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インタビュー

参天製薬、異例の10年パートナーシップが示すスポーツを通して発信したいメッセージとは(前編)

©JBFA/H.Wanibe

新型コロナウィルスの世界的な感染拡大により、多くのスポーツイベントは開催中止、もしくは開催できても無観客や収容人数の50%以下しか入れないなど、何らかの制限を受けている状況だ。ウィルス感染がいつ終息し、従来の形でいつスポーツ興業を実施できるのか極めて不透明な今、スポーツスポンサーシップにおよび腰になっている企業も少なくないだろう。

しかし、そんな中、10月末に参天製薬は日本ブラインドサッカー協会(JBFA)、およびインターナショナル・ブラインドフットボール・ファウンデーション(IBF Foundation)と2030年までの長期パートナーシップ契約を締結したことを発表した。そもそも10年間という長期契約自体が珍しい中、このコロナ禍でそれを実行したのは大きな驚きだった。だからこそ、参天製薬が今回の契約を単なる広告戦略の露出度アップと考えていないことが伺い知れる。では、同社は何を発信していきたいと考えているのか。それをCSR室長の中野正人氏に聞いた。

視覚障がい者、健常者が同じフィールドで共体験をできるのがブラインドサッカーの魅力

――まず、今回の契約について聞く前に、参天製薬のスポーツ協賛に対する考え方、姿勢、スポーツを通してどんな課題を解決したいのか、どんな目標を達成したいと考えているのか教えてください。

基本的にスポーツの特性として我々が認識しているのは、見るだけでなく一緒に体験できる点です。自分一人で見るだけでなく、いろんな人が同じフィールドに集って共体験することができます。それによって、とても大きなものが生まれると思っています。

そしてスポーツを通して解決したい課題ですが、参天製薬は目のスペシャリティファーマです。目に特化した企業として、スポーツを通じて我々が考える様々な課題を解決していきたい。視覚障がい者と健常者が同じフィールドで同じ体験をすることでたくさんの学びを得て、新しいことを実施していくためにスポーツを活用していきたい。

Inclusion社会に向け、当社が掲げる大きなビジョンは、視覚障がい者と健常者が当たり前に混じりあって同じように生活できる社会を実現していくことです。スポーツを通して視覚障がい者と健常者の共生社会を創っていきたい、そんな思いからJBFAさんに協賛しています。

――様々な競技がある中で、JBFAとパートナーシップを取り組むきっかけは、どんなものでしたか。

スポーツの中で我々のビジョンを実現させようと思ったとき、最初は何がいいのか模索していました。視覚障がい者のスポーツといってもいろいろとありますが、ブラインドサッカーはグローバルレベルで普及していて、多くの方が触れている。そして同じフィールドの中で健常者の方と、共体験できるのは大きな特徴です。当社はグローバルに展開していますがブラインドサッカー自体も世界で60か国ぐらいに展開しています。サッカー競技そのものが万国共通の基本的な言語になっていることも大きな要因です。

――そもそも2017年からパートナーシップ契約を結んでいた中、今回の契約延長です。これまでの3年間のパートナーシップをどのように評価しているのでしょうか。

実際にJBFAさんと2017年から段階的にいろいろな取り組みをさせていただき、支援の幅を広げてきました。その中で視覚障がい者と健常者の共生社会の実現が可能であることを非常に実感できました。我々は支援の特徴として、お金だけを出すようなスポンサーシップの考えは持っていません。支援の場には必ず社員が一緒に体験するやり方を取っています。ボランティア活動に社員の参加を募り、視覚障がいを体感するワークショップを行うと、視覚障がい者、健常者の双方に変化があります。それを実感することができて、これは本当に素晴らしいことだと思いました。こういう活動の積み重ねから自然に長期パートナーシップの方向に話が向きました。

――コロナ禍において先行きが不透明なところを危惧する声は出ましたか?

まず、メディア露出を考えてというより、参天製薬という企業が本当に目の社会課題を解決するためにどうあるべきなのか。どういうパートナーと手を携えてやっていくのがいいのかというところから今回のパートナーシップ活動が始まっています。そもそもこの取り組みで短期的な利益や財務成果に繋げるという発想がなかったです。そして私たちが実現しようとしているビジョンは1年や2年で達成できるものではなく、10年ぐらいの時間軸を持たなければいけない。だから、数年でパートナーシップを解消する予定はありませんでした。

©JBFA/H.Wanibe 
ブラインドサッカーはゴールキーパー以外は全盲の選手で、アイマスクを装着し音の出るボールを用いてプレーする

資金提供だけでなく、社員が参加する形態のパートナーシップにして本当によかった。

――ワークショップやイベントに参加する社員の皆さんは、どんな職種ですか。

2019年には、グローバルで延べ175名の社員が営業職から研究職、生産部門などあらゆる部門から 隔たりなく参加しています。強制ではないので、こういうイベントがあると告知すると、みんな自主的に参加しています。最初は参加した社員の口コミみたいなもので、広がっていきました。そこには多くの学びがあり、リピート率は極めて高いです。例えば、視覚障がいの子供たちと触れ合って、その子たちがイベントを通じて活き活きと変化していく姿を見る。さらに、その様子を見た親御さんの喜びを目の当たりにする。みんな行かされている感覚はなく、自分がイベントで混じわることで起こる変化を楽しんでいます。

――社員の皆さんがアクティベーションに関わっていくことで得られる効果には、どんなものがあると実感していますか。

本当によかったなと思っているのが、資金提供だけでなく、社員が参加する形態のパートナーシップにしたことです。我々の支援は、お金を出すだけでなく人も一緒に出し、一緒にやっていくコンセプトです。例えば視覚障がいのお子さん同士だけでなく、その親御さん達とふれあいの機会を持ちます。ブラサカキッズキャンプ、ブラサカ・ジュニアトレーニングキャンプという呼び方をする取り組みをJBFAさんと一緒にやらせていただき小学生のお子さんと当社の社員が合宿形式で寝食を共にするプログラムがあります。そこではまず社員の意識が劇的に変わります。

イベント参加の前は、視覚障がいのあるお子さん達と全く触れたことがなく、可哀そうなといったイメージを持っていた社員が、ブラインドサッカーなど様々な活動を通して多くのコミュニケーションを取ることで、実はそうではなく、見えない人達は我々と同じである。見えないことに準じる支援をすることで、一緒に混じりあっていけることを体感します。それによって我々の目指す共生できる社会を実現するために、業務の中でどういうことをしていけばいいか、彼らにどんな支援ができるのかを考えていくきっかけなっていきます。

また、お子さん達が寝た後に、その親御さんと深夜まで対話をする中で、親御さんの思い、生の声を社員が聞けます。それによって仕事への取り組む姿勢、我々の仕事の先に患者様がいて家族がいることを実体験として深く動機付けられる、仕事への取り組む姿勢を立ち止まって考える、そんな効果があります。

社内でのBlind Experience(体験会)の様子

我々の取り組みに興味を持ち一緒にやりたいと思う企業さんが出てきてくれるのが理想

――競争の激しいグローバルマーケットにおいて、社内において費用対効果や広告測定などそういったものを厳格に求める声はなかったですか。そこは社内の調整やコンセンサスを取るのに苦労されたところはあるのでしょうか。

私たちは製薬メーカーで、一般的には薬を作り治療を通じて患者様やその家族や社会に対して貢献するのが事業ドメインになります。ところが目の分野の治療が他の分野の病気の治療と違うところは、例えば緑内障であるとか網膜系の疾患で治療、手術の甲斐なく失明なさる方が少なからずいます。でもその方達は亡くなるわけではありません。仮に光を失ってもその後も生きていく方達に対して、我々は薬がないから何も貢献しないのか、できないのか、そういう話ではないだろうと。少なくとも目が見えることをテーマに存在している企業であるならば、光を失った方々に関してもどういうアプローチができるのか。その方々の目の社会課題の解決にどうやって貢献できるのか。その議論をしっかりやった中で企業の使命として自然と取り組んでいくという流れになりました。

コンセンサスを取る苦労がないと言えば嘘になりますが、我々の使命というか企業の理念やビジョンを本当に実現するための長期ビジョンをまずは策定しました。だからこそ、今回のパートナーシップを通して一体いくら売上が上がるのか、そういう費用対効果の議論にはなりませんでした。

――社内向けに大きなプラス効果がある一方、対外的に企業イメージの向上に寄与しているなど、反響を感じるところはありますか。

2017年度から始めて年を重ねるごとに株主の方、ステークホルダーの一般投資家の方や、ちらほらとメディアの方に関心を寄せていただいています。ちょうど昨年あたりから参天さんはこういう活動もしているんですねと言っていただける機会が増えています。積極的に広報していたわけではないですが、自然と浸透している成果は出ていると思います。今後は、我々の取り組みに関わっていただく仲間、パートナーを増やしていくために、戦略的なコミュニケーションプランを設計していく必要性を感じており、現在JBFAさんと議論を進めています。

――企業のスポンサーシップを担当している担当者が興味を持つ点ですが、露出などの効果測定で重要視しているものはありますか。

今後、パートナーシップにまつわる各種取り組みのインパクトをどのように測定していくのかは、まさに検討を始めたところです。先ほど述べたビジョンを策定するプロセスの中で、課題の因果関係を構造的に可視化したインパクトマップも作成しました。ビジョンの実現に向けて、このマップをベースにしたKGI・KPIの設定を行い、プロジェクトマネジメントへ活用していきたいと考えております。これから我々が実現させていく世界は、今の枠組みだけでは実現できないものがたくさんあります。共体験という体験会の場の後には、視覚障がい者の社会進出を支え、より住みやすい社会を創るためのイノベーションも起こしていきたい。そのためには、共同パートナーを増やしていきたいと思っています。現在の取り組みをより広く社会に発信できたときに、我々の取り組みに対して興味を持っていただき一緒にやりたいな、どんな風にやればいいのかなと感心を持っていただく方たちが増えていくことが理想です。

※後編はこちら

ライター:鈴木栄一

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