新型コロナウィルスのパンデミックにより、世界各地でスポーツ界は大会中止など甚大な影響を受けている。感染拡大が収まりつつあることでようやく再開に向けて動き出しているが、しばらくの間は無観客や観客数を大幅に減少しての実施が不可避だ。

これにより、日本においても各企業は大人数が集まる会場での広告掲出による認知度向上など、定番とされるスポーツを通してのスポンサー活動がかなり制限されてしまう。このように変化が不可欠なアフターコロナの時代においては、スポーツスポンサーシップもより明確な目的意識を持つことがより求められる。その代表的な事例として今回は、パナソニックの米国で五輪アスリートを通したアクティベーションの概要を、パナソニックノースアメリカの小杉卓正氏にオンライン取材で伺った。さらに5月31日、日本で開催される世界トップスイマーのケイティ・レデッキーと共同で行うオンラインのSTEM教育イベントについても紹介する。

小杉氏の主な経歴、2018年のパナソニックが考える北米のアクティベーションについては同氏に講演してもらった第2回SSJセミナーのレポートをご参照ください。

ミレニアル世代、Z世代への認知度向上が大きな課題

――まず、パナソニックにおける米国でのスポーツスポンサーシップの取り組みの核となる部分を教えてください。そもそも会社として、スポーツを通してどんな課題解決を行おうと考えていますか。

私は、2016年リオ五輪後にアメリカへ異動しました。そのとき、米国市場におけるパナソニックはBtoCからBtoB主体へとビジネストランスメーションを行なってから随分経っていました。着任後BtoB企業としてのブランディングでは一定の成果が出てきましたが、一般の人々にとって「パナソニックは聞いたことがあるけど、なんのブランド?」と思われていることがわかりました。

2018年後半から19年頭にかけて調査を行なったのですが、パナソニックはかつてテレビや市販のプロモーションに注力していたのでベビーブーマー(現在50代)以前の世代には今でもよく認知されていました。ただ、今の30代以下のミレニアル世代では認知度が極端に落ちてしまっていました。その理由として、40代以上の人はテレビ・家電のパナソニック、信頼できる商品を作っているブランドという記憶が残っていましたが、若者は子供の頃からパナソニックの商品やブランドに触れる機会がほとんどありません。2025年の米国では労働人口の75%がミレニアル世代、それに続くZ世代となります。彼らへの認知度を上げないと優秀な人材の採用、将来のパートナー、将来の顧客獲得に影響します。

ミレニアル世代、Z世代についてより詳しく調査をすると、まず社会貢献、もしくは社会貢献をする会社に興味があることがわかりました。そして、パナソニックは30年以上オリンピックパートナーをしているので、オリンピックへの興味について質問しました。すると、90%近くの人が東京オリンピックを観たいとの回答でした。さらに観たい競技・プログラムについて質問すると、体操、競泳、開会式が多かった。この調査データをもとに、パナソニックの経営理念で社員の根幹にある社会貢献への想いを届けていくブランディング、ブランドアンバサダーとしてマイケル・フェルプス、ケイティ・レデッキー、レックス・ジレット、國米櫻の4名とパートナーシップ契約を結びました。

――4名を採用した経緯を教えてください。

まず、調査結果に基づき、体操か競泳のアスリートを検討しました。さらにミレニアル世代からのブランド認知を向上するためには発信力のある人物が必要です。また、米国市場ですとテクノロジー会社でアップルやインテル、また、オリンピックパートナーにビザ、コカコーラ、P&Gといった米国を代表する大企業がいるので、インパクトのあるアイコニックな存在が求められます。そこで、競泳で五輪のメダル獲得数で歴代トップ、史上最高のオリンピアンであるマイケル・フェルプスに白羽の矢が立ちました。

最も大事にしていたのは、社会貢献への想いをメッセージとして発信すること。フェルプスは現役中からマイケル・フェルプス財団を立ち上げ、次世代育成を積極的に行っていました。一緒に次世代育成活動を広めたいと思い声をかけました。ただ彼は引退しているので、現役選手も必要だと考えました。

そこで、ケイティ・レデッキーが候補に挙がりました。彼女に興味を持ったのは、スタンフォード大学の学生として勉強をしている中で、STEM教育の分野に興味があること。また、彼女もSTEM教育を広めるパートナーを探していました。パナソニックでも以前よりSTEM教育の支援を続けています。お互いにやりたいことがぴたっと合致しました。

フェルプス、レデッキーと競泳の二人が決まると、次はオリンピックとパラリンピックを同等に扱いたいと、パラ選手を調査しました。そこで、視覚障がいを持つロングジャンパー、パラリンピックで4つの銀メダルを獲得。35歳のミレニアル世代であるレックス・ジレットを選びました。きっかけは彼のTEDトークでのスピーチを聞いた当社のクリエイターが彼にほれ込んでコンタクトしたことです。

さらにダイバーシティの観点と、東京オリンピックを迎える中でアジア系アメリカ人、できれば日系アメリカ人を迎えたいと思いました。そこで、挙がってきたのが空手のアメリカ代表である國米櫻です。彼女は早稲田大学大学院で国際コミュニケーションを専攻し、ロサンゼルスで日系アメリカ人の子供を中心に空手を教えている。まさにパナソニックという日本企業を代表し、日本とアメリカの懸け橋となってもらえるアンバサダーとして完璧だと思いました。また、空手は東京オリンピックで新たに採用されるので、注目度も高い。この4人なら男女比もバランスが取れ、競泳を軸にパラリンピック、東京五輪の新スポーツとダイバーシティなチームになりました。そして共通して言えるのは社会貢献、社会のお役に立とうとしている人たちであることです。

<マイケル・フェルプスとパナソニックの次世代に対する想い>

アスリートのやりたいことに寄り添って一緒に活動

――フェルプス、レデッキーは、アメリカスポーツ界でもトップクラスの大物です。その彼らがパナソニックを選んだことへの、周囲の反応を教えてください。

社内の盛り上がりはすごく、特にフェルプスへの反響は大きいです。実は検討段階で、検討中のアスリートの名前を伏せて社内調査を行ない、「オリンピックといえば」と聞いたとき、フェルプスの名前が多く出ました。そこで、なぜ?と聞くと「理由を聞くこと自体がおかしい」という反応なくらい彼の知名度は圧倒的です。

彼らには社内向けのメッセージなども発信してもらっていますが、開封率は普段より高いなど社内の反応も上々です。社員からも、どうやってフェルプスやレデッキーと契約したのか聞かれます。よくよく考えてみると、彼らレベルになるとパートナーを選べる立場です、そこで自分の信念と共鳴したことが理由ではないかと。当初、自分が思っていた以上に、彼らがパナソニックを選んだことに価値があるんだと感じています。

また、私たちにとって社内の経営課題を解決するにあたって、調査データに基づいた結果がアスリートだった。もし、データがミュージシャンであれば、そちらを選んでいました。あくまでイベントやスポーツありきで選んだのではなく、データが示した最適なメンバーであるということです。

――コロナ禍になったことで、アクティベーションにどのような影響がありましたか。

コンセプト自体は大きな変化はないです。これはパナソニックが社会に貢献するという経営理念から来ているブランド活動であり、“WHY”は変わらないからです。ただ、どのようにやっていくのか、“HOW”の部分については、コロナウィルス感染拡大の前と後では大きく変わりました。

パンデミックの前、世界最大の技術見本市CESでは、アンバサダーにパナソニックの技術を体験し、それをソーシャルメディアなどで発信してもらう。社員、お客様に会ってもらい、さらに彼らのトークセッションを行い、なぜ社会貢献活動をしているのか、その思いを語ってもらう、リアルな場所でしっかりコミュニケーションを取ってデジタルで発信していく計画を考えていました。それが今は予定していたリアルイベントもオンラインプログラムにするなど、やり方は少し変わっています。

――実際に活動を開始してみて、どんな効果や手ごたえ、また課題を感じていますか。

手ごたえはすごく感じています。フェルプスとレデッキーは、アメリカにおけるスーパースターでファンプラットフォームがあるので、彼らが発信すると想定通りの効果を得ています。また、思っていた以上にすごかったのが國米選手です。彼女とは3週間にわたって毎週水曜日に、自宅待機を強いられている皆さんに、ステイホーム、ステイアクティブで体を動かすバーチャル空手教室を行いました。これは日本と、彼女が住んでいるロサンゼルスを意識した時間帯で行われましたが、計14カ国から参加、中には深夜の時間帯の国からもアクセスがありました。想像以上に彼女はグローバルにしっかりとしたコアな空手ファンがいるアンバサダーであると感じています。

また、ジレットは「NO NEED FOR SIGHT WHEN YOU HAVE A VISION/ビジョンがあれば視える必要はない」というモットーがあります。4月に社員向けのモチベーショナルスピーチイベントに登壇してもらう予定でした。コロナ禍でなくなりましたが、彼がビデオメッセージを自ら送ってくれて社員は勇気づけられた。これを今後は社外に向けても行っていきたいです。

課題ではないですが、フェルプスはグローバルで影響力がありますが、レデッキー、國米、ジレットは米国のヒーローです。東京オリンピックの延期をあえてポジティブに捉えると、この3人を日本でしっかり広めていく。そして来年のオリンピックの際には、日本の方々にまず日本選手を応援、次にこの3人が出場したら一緒に応援してもらえるようにしたいですね。

<STEM教育の普及に取り組むケイティ・レデッキ—とパナソニック>

YouTubeでも一般公開、注目のレデッキーとのオンライン学習イベント

――5月31日に開催されるレデッキーのオンラインイベントをより具体的に教えてください。

約1.5時間のプログラムで、レデッキーが登場するのは後半です。レデッキー独自STEMプログラムをオンラインで勉強してもらっている約20名の中・高校生に集まってもらいます。そして、当日はモデレーター4名とワークショップ形式で、STEM教育のプログラムに取り組んだ感想や、実際にSTEAMを仕事や生活に取り入れているモデレーターへのインタビューなどを最初の1時間で行います。後半にレデッキーが合流し、前半のワークショップでのディスカッションを子供たちに発表してもらいます。このセッションはZOOMで行い、YouTubeでライブ配信し、一般に公開します。STEMとはどういうものなのか、オンライン教育の良さを伝えていきたいです。

このイベントを実施するきっかけには、レデッキーが東京オリンピック延期決定後、SNSに「今日の厳しい状況に私たちが一緒になって向き合うことで、私たちは美しい国で開催される素晴らしいオリンピックを夢見ることができます」、取材では「来年、2021年に東京オリンピックがあると思うと私は笑顔になる」と言ってくれたことにあります。この彼女の日本に対する思いを日本の皆さんに伝えたいと思いました。また、パナソニックとしても将来の社員やお客さまとなり得る人材を育てるキャリアプログラムとして、子供たちにSTEMを勉強してもらえたらと考えています。

――この活動は日本向けにローカライズされている部分はありますか。

違いはないです。このレデッキー独自プログラムはアメリカで5都市に届け、本当に学校の教育に使ってもらう予定です。彼女が在学するスタンフォード大学があるカルフォルニア州の高校でキックオフイベントを実施しました。日本で高校に英語のオンラインプログラム導入を簡単にはできないので、まずオンラインSTEMプログラムがあることをパナソニックセンターという拠点をベースに紹介していく段階です。日米ではフェーズが違うと思っています。

――イベントのアピールポイントを教えてください。

レデッキーの人柄に触れてほしいです。そして、よければ彼女を日本人の次に応援してほしいのが僕の一番のメッセージです。次にSTEM教育は、これから時代、将来の職を探すにあたり重要だと思うので、トライしてみてほしい。最終的にはパナソニックを好きなってもらえたらうれしいです。

――最後に、コロナの影響もありながら4名と一緒にこれからどんなロードマップを描いていきたいと思いますか。

本質は変わっていない。彼らと共有する目的があるので、そこに至る登り方については環境に応じて話し合いながらフレキシブルにできています。この活動を通じて社会に貢献し、数値的にはミレニアル世代、Z世代へのブランド認知が上がっている。数年後、このプログラムに参加した人が採用されましたというような効果が出てくることが望ましいです。

※5月31日に開催されるケイティ・レデッキーが参加するオンラインイベントの詳細についてはこちらより