8月27日、SSJの第4回セミナー「アンブッシュマーケティング最前線〜アンブッシュの境界線を探る〜」が開催された。今回は、アンブッシュマーケティングの法的観点に精通する、弁護士の松本泰介氏にご登壇いただき、法的なルールや国内外の様々な事例を用いて、そもそもアンブッシュマーケティングとは何か、その合法と違法の境界線についてレクチャーいただいた。
前編となる本レポートでは、一般的なマーケティングとアンブッシュマーケティングの違いについて、法的視点を交えてお伝えする。
まず、アンブッシュマーケティングに対する海外と日本における考え方の違いについて説明していただいた。日本では「便乗商法」と訳されるようにマイナスなイメージが強い。しかし、海外ではオフィシャルスポンサー企業でもノンオフィシャルスポンサー企業でもスポーツコンテンツを用いたマーケティング活動を行うことは一般的となっており、アンブッシュマーケティングは、スマートマーケティングなどと呼ばれ、1つのマーケティング手法として確立しているとのことだ。
Global Language Monitor のリサーチによると、リオオリンピックの期間中にオフィシャルスポンサー企業とノンオフィシャルスポンサー企業が創出した広告価値を数値化すると、ノンオフィシャルスポンサー企業であるNIKEやペプシと言った企業がTOP5にランクインしたという。これはマーケティング次第ではオフィシャルスポンサー企業と同等の広告価値を生み出すことができる証明となっている。
松本氏によると、スポーツコンテンツを利用したマーケティングには、コンテンツホルダーが「正当な権利」を保有するスポーツコンテンツを利用するかしないかによって分けられ、コンテンツホルダーが「正当な権利」を保有するものではないスポーツコンテンツを利用するマーケティングが一般的にアンブッシュマーケティングなどと言われているという。
そして、コンテンツホルダーが「正当な権利」を保有するスポーツコンテンツとは、①コンテンツホルダーの知的財産として保護されるコンテンツ、②オフィシャルスポンサー企業になることで与えられるスポンサーメリット、の2つが挙げられる。
まず、1つ目のコンテンツホルダーの知的財産として保護されるコンテンツには、下記のようなものが含まれる。
- 著作権法*¹で保護されるスポーツ映像やマスコットキャラクターなどの著作物
- 商標法*²で保護されるチームロゴやエンブレムなどの登録商標
- スポンサー虚偽表示などの不正競争防止法*³で規制される行為
- 広告や商品への氏名、肖像の利用といったパブリシティ権*⁴が及ぶ利用態様
- アンブッシュマーケティング規制法で規制されるオリンピック・パラリンピック・W杯を想起させるマーケティング行為
オフィシャルスポンサー企業はこれらの知的財産として保護されるコンテンツを使用してマーケティング活動を行うことができる。
一方でその逆の保護されないコンテンツとは以下のようなものが含まれる。
- 「東京」、「2020」といった地名、年号など著作物、登録商標にならないもの
- スポーツの名称自体や「色」の利用といった不正競争防止法で規制できない行為
- 書籍・雑誌など報道目的のパブリシティ権が及ばない利用態様
- アンブッシュマーケティング規制法で規制できない行為
知的財産として保護されるコンテンツに該当するか否かの事例として紹介されたのが、IKEAとbeatsの事例だ。スウェーデンの家具メーカーであるIKEAは、セパレートされたソファの広告として、2018年ロシアW杯の視聴者のニーズを反映し、家族や友人と違うチームを応援できるコメントを記載した。また、音楽機器メーカーであるbeatsは、2014年ブラジルW杯でドイツ代表の優勝に合わせてファッションモデルであるナオミ・キャンベルをW杯の優勝トロフィーの色と同じ金色の格好にした画像をSNSに投稿するとともに、活躍したドイツ代表選手に対するメンションを行った。この2つの事例は、ナオミ・キャンベルのパブリシティ権を除けば、主に知的財産として保護されないコンテンツ(フリーコンテンツ)を利用したマーケティングだ。
A golden finish for @MarioGoetze. Respect to @Bschweinsteiger. Your Custom Celebration Gold Pros are awaiting. #GER pic.twitter.com/ZJsoq0cUtX
— Beats by Dre (@beatsbydre) July 13, 2014
また、2つ目のオフィシャルスポンサー企業になることで与えられるスポンサーメリットもコンテンツホルダーが保有する「正当な権利」となる。「正当な権利」として認められるかは、スポンサー契約を結んでいるかに起因する。例えば、試合会場において看板を設置することができる権利などは知的財産として法律上は保護されていないものの、コンテンツホルダーが事実上試合会場内の看板設置を管理しているため、スポンサー契約を結ぶことで得ることができるメリットの1つだ。一方で、正式にスポンサー契約を結ぶため、コンテンツホルダーが策定するマーケティングの規制ルールを守らなければならないという制約もある。
そして、このようなマーケティング規制ルールの一つの例が、東京オリンピック・パラリンピックに向けて、契約選手をマーケティング活用する際に問題となってくる、オリンピック憲章のRule40だ。出場選手らがオリパラ主催者との間で締結する契約上、出場選手に課されるルールで、オリンピックのオフィシャルスポンサー以外は大会期間中、出場選手の広告起用ができない。
オリンピック憲章Rule40(付属細則3項) ルール
「IOC理事会が許可した場合を除き、オリンピック競技大会に参加する競技者、コーチ、トレーナー、または役員は当該大会期間中、身体、名前、写真、あるいは競技パフォーマンスが宣伝目的で利用されることを認めてはならない」
しかし、このRule40には2015年から例外ルールが適用され、事前申請制で各国オリンピック委員会の判断により出場選手の広告起用が可能になるケースも出てきている。その場合、オリンピックやオリンピックの知的財産、その他オリンピックへの言及、関連用語の使用は禁止される。アメリカなどでは、リオオリンピックの際にアンダーアーマーが行った「2016 Rule Yourself キャンペーン」などを筆頭に、例外ルールを活用してマーケティング活動をした企業もある。
<2016 Rule Yourself>
ただし、この例外ルールは日本では完全には採用されておらず、日本人選手の広告起用のみならず、外国人選手の日本国内での広告起用も自由にできるわけではない。ノンオフィシャルスポンサー企業にとっては、そもそもRule40自体の遵守を求められているわけではないので、オリンピックに出場する選手との協議になるが、その際、今後日本でも例外ルールが適用されるかについて、ノンオフィシャルスポンサー企業は注視していくべきポイントだろう*⁵。
松本氏は、こうしたスポーツコンテンツを活用したマーケティングにおいて大切なことは、スポーツコンテンツにおける知的財産の保護とクリエイティブ利用(経済活動、表現活動)、両者のバランスを保つことという見解を述べた。
そして、オフィシャルスポンサーとして行うマーケティングもノンオフィシャルスポンサーとして行うアンブッシュマーケティングもどちらにもメリットがあるため、その違いを理解した上で色々な選択肢を持ってマーケティング戦略を考えていくことが重要だと述べ、前半部を締めくくっていただいた。
後編では、セミナーで取り上げられた事例などを紹介する。
後編レポートはこちらから
用語・注釈
1:著作権法 著作物(思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範疇に属するもの。著作権法第2条第1項第1号)を保護し、コンテンツの自由利用とのバランスを定める法律。
2:商標法 商品やサービスにおける目印として利用される文字やマークなどを保護し、文字やマークなどのコンテンツの自由利用とのバランスを定める法律。
3:不正競争防止法 不正競争防止法は他の知的財産に関する法律と異なり、保護の対象となるコンテンツを前提にしたものではなく、事業者による不正競争行為を禁止することによって知的財産の保護を図る法律。
4:パブリシティ権 日本においてはパブリシティ権を定めた法律はなく、判例上認められる権利。裁判所は著名人の名前や写真などの保護と自由利用のバランスを考え、現在においては、著名人の名前や写真などを商品やサービス、広告に利用する場合にのみパブリシティ権が発生すると判断している。雑誌や書籍などで報道する場合やスポーツ映像として放送・配信する場合にはパブリシティ権は発生しないとされている。
5:なお、日本オリンピック委員会(JOC)は、2018年平昌オリンピック、2018年ジャカルタアジア大会から、選手の所属企業が誓約書を提出することに加え、掲出時期、広告表現、広告使用媒体などの使用条件の下、一部緩和ルールを導入しています。